ひろしまの遺跡 第89号

考古学アラカルト29

広島県の土器製塩

古代塩づくりの再現
 塩は人々の生活にとって,どうしても必要なものです。ですから,さまざまな形で,塩分や形になった塩を手に入れていました。日本列島には外国でよく見られる岩塩などはありません,塩を含んだ塩泉などもまれです。そこで,豊富にある海水を原料にしています。塩の結晶を得るためには,海水は塩分を約3%含んでいるので,海水の水分を蒸発させればよいのですが,そのままでは,たくさんの燃料が必要です。そのため,あらかじめ海水の塩分濃度を高くし,濃くした液を煮沸します。その後必要に応じて,塩を焼いて不純物を取り除き保存しやすくする作業(焼塩)が行われていました。
 縄文時代から平安時代は,塩作りに,海水を濃くするのに海藻を,煮沸・焼塩をするのに小型の土器を使っていました。塩作りの土器は鉢・甕形が多く,薄く作られ,文様もほとんどありません。塩分の濃い液を入れて煮沸したり,塩を焼いたりするため,赤く焼けたり,ひび割れたりして,細かな破片になっています。また,できあがった塩の形は粉末状ではなく固形になることが多かったと考えられます。こうした土器を「製塩土器」と呼び,土器を使用する塩作りを「土器製塩」と言います。
 そこで,「製塩土器」を探してみますと,瀬戸内の海岸部でたくさん発見されています。広島県では,海岸部の遺跡として,現在は約50箇所見つかっています。
 瀬戸内で最古の製塩土器は,現在では,弥生時代中期後半(紀元前1世紀末頃)に岡山県児島地域(かっては島)で見つかっています。芸予諸島地域では,弥生時代中期末頃に出現しています。愛媛県北条市の椋の原清水遺跡(高地性集落)の製塩土器が弥生時代中期末のもので,この遺跡は塩を作った遺跡ではありませんが,近辺の塩生産地から製塩土器が持ち込まれたものでしょう。広島県内では,まだ見つかっていませんが,愛媛県に製塩技術が伝わるルートは,岡山県の児島を含む岡山県南部から広島県の東南部を経て「しまなみ海道」を通ったと考えられますので,そのうち見つかるかも知れません。

製塩土器(古墳時代中頃)
(東広島市・助平3号遺跡)

製塩土器(古墳時代中頃)
(庄原市・和田原D地点遺跡)
 芸予諸島とその周辺沿岸部地域では,製塩遺跡は,弥生時代の数は少ないのですが,古墳時代前半(4世紀頃)になると,たくさん出現します。また,この地域で塩作りが最も盛んになるのは,古墳時代後半(6世紀後半)の時期です。従来とは比較にならない程の最大規模の生産が行われました。塩は地元やその近辺のみで使われたのではなく,当時のヤマト王権の大きな関与があり,大部分は近畿地方に運ばれたと考えられます。この時期は,和歌山県や大阪府沿岸部などの近畿地方周辺部では,土器製塩が衰えており,それまで頼っていた福井県・兵庫県の生産量でも足らず,瀬戸内中部地域に頼ったのでしょう。
 また,海から離れた内陸部から製塩土器が見つかることがあります。庄原市・三次市や東広島市の遺跡からの出土例が多く報告されています。内陸部の遺跡で塩を作った訳ではないので,製塩土器は海岸部で作った塩を運ぶ容器の役目をしたと考えられます。古墳時代中頃(5世紀後半)から奈良時代(8世紀)の時期が主で,集落遺跡や官衙・寺院跡あるいは古墳などから出土しています。
(岩本正二)
広島県における製塩土器出土遺跡分布図
 
広島県内の製塩出土遺跡地名表
遺跡名 所在地 遺跡名 所在地 遺跡名 所在地
宇治島北の浜遺跡 福山市走島町宇治島 小細島U遺跡 因島市重井町小細島 安芸国分尼跡 東広島市西条町
大門貝塚 福山市大門町 小細島V遺跡 因島市重井町小細島 下岡田遺跡 安芸郡府中町
神辺御領遺跡 深安郡神辺町 宿祢島遺跡 三原市鷺浦町宿祢島 小和田遺跡 庄原市新庄町
大宮遺跡 深安郡神辺町 須波遺跡 三原市鷺浦町佐木島 境ヶ谷遺跡 庄原市川西町
本谷遺跡 福山市津之郷町 北浦遺跡 三原市鷺浦町小佐木島 大成遺跡 庄原市三日市町
サブ遺跡 福山市津之郷町 清水谷遺跡 三原市鷺浦町小佐木島 皆瀬遺跡 双三郡三良坂町
福田地遺跡 福山市芦田町 西谷遺跡 三原市鷺浦町小佐木島 高杉町所在遺跡 三次市高杉町
市場遺跡 福山市柳津町 兜山北古墳 三原市沼田東町 緑岩古墳 三次市酒屋町
下迫貝塚 福山市柳津町 小馬取遺跡 豊田郡東野町生野島 松ヶ迫遺跡 三次市酒屋町
馬取遺跡 福山市柳津町 大馬取遺跡 豊田郡東野町生野島 船所遺跡 三次市酒屋町
天津遺跡 福山市金江町 榎迫遺跡 豊田郡東野町生野島 観音浦遺跡 豊田郡東野町生野島
二番組遺跡 福山市藤江町 月の浦3号遺跡 豊田郡東野町生野島 かんね1号遺跡 豊田郡東野町生野島
串の浜遺跡 尾道市浦崎町 七谷遺跡 豊田郡東野町生野島 かんね2号遺跡 豊田郡東野町生野島
満越遺跡 尾道市浦崎町 福浦2号遺跡 豊田郡東野町生野島 津之下貝塚 福山市大門町
長者ヶ原遺跡 尾道市浦崎町 草の浦1号遺跡 豊田郡東野町生野島 浜上遺跡 福山市金江町
本浦遺跡 尾道市浦崎町 大がね遺跡 豊田郡東野町生野島 佐木島東遺跡 三原市鷺浦町佐木島
戸崎遺跡 尾道市浦崎町 船島2号(高島パール作業所内)遺跡 豊田郡東野町船島 上室浜遺跡 佐伯郡宮島町
大田貝塚 尾道市山波町 下室浜遺跡 佐伯郡宮島町
今免遺跡 尾道市山波町 臼島牛ヶ首遺跡 豊田郡東野町臼島 入浜遺跡 佐伯郡宮島町
尾道造船所遺跡 尾道市山波町 折免島南遺跡 豊田郡東野町折免島 草戸千軒町遺跡 福山市草戸町
広塚2号古墳 尾道市山波町 長島布浦遺跡 豊田郡東野町長島 みたち第3号古墳 豊田郡本郷町本郷
古江波貝塚 尾道市向東町 長松遺跡 豊田郡大崎町 安芸国分寺跡 東広島市西条町
大浜広畠遺跡 因島市大浜町 瀬井遺跡 豊田郡大崎町 助平3号遺跡 東広島市西条町
細島T遺跡 因島市重井町細島 斎島遺跡 豊田郡豊浜町斎島 和田原D地点遺跡 庄原市新庄町
細島U遺跡 因島市重井町細島 沖浦遺跡 安芸郡蒲刈町 岡山A地点遺跡 庄原市上原町
小細島T遺跡 因島市重井町小細島 槙ヶ坪4号古墳周溝 東広島市高屋町 布掛遺跡 庄原市川西町
分布図・地名表(古瀬清秀「広島県」『日本土器製塩研究』1994年を基に一部変更)




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